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「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌喪失のルイス・キャロル」読了

2022/10/01
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「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌喪失のルイス・キャロル」読了

著者は、ガウディと同じ視覚優位であると主張しており、聴覚優位の経次処理の人とは思考が違うと言っている。その例としてガウディとルイス・キャロルが挙げられている。本書内は出てこないが、1つの起点となっているのは、写真の発明である。人は経験しないことは本質的に理解できない。ガウディが周囲の人になぜ理解できないと言うが、様々は構造物を見た経験は共有できてはいない。また、著者が親子間などで映像が脳裏に写るなどと言うが、信じられない。書き方として断定した箇所があり、同意できず、拒否反応が起こる。

ルイス・キャロルの吃音が例として挙げられているが、厳しい教育の反動か、家として戦略的なものであったかもしれない。なぜルイス・キャロルは、当時高価であったカメラを手に入れることができたのか。さらに、写真技術。シャッターを押すだけの時代ではない。人への洞察とそれを文書化した能力は、天才的としか思えない。

著者は、ガウディに関する文章を本書に多く割いているところから、3次元空間認知力の高いガウディに傾倒しているものと予想できるが、最近の子どもたちは、マインクラフトなどの3次元のゲームに夢中になる。空間認知力は、最近の大人とは違うものがあるはずだ。天才だった人は、当時の最新技術に触れることができたところが大きいというのが私の持論。したがって、マインクラフトは天才を作るかもしれない。が、マインクラフトは空間認知力は向上するが、質や重さが抜け、物理認知としては不十分である。