「あつ森」の迷路で頭が良くなる?ゲームの成功体験が、子供の「自走する力」を育てる理由
こんにちは。「考える力をみがく、パソコン家庭教師」の前川です。
新しいことに挑戦し、それを自分の力でクリアしたとき。そこにはえも言われぬ達成感があり、その瞬間、私たちは「昨日よりも少しだけ頭が良くなった」自分に出会えます。これは大人も子供も同じです。
今日は、多くの保護者様が気にされる「ゲーム」を例に、成長の本質について私の考えをお話ししたいと思います。
1. 進化し続ける「ゲーム」という教材
かつて、ゲームといえば「勉強の敵」というイメージが強いものでした。しかし、現代のゲームは私たちが子供の頃に遊んだものとは、その質も構造も全く異なります。
例えば、一世を風靡した「インベーダーゲーム」を思い出してみてください。単純な反復作業がメインだった当時のゲームに比べ、今のゲームは驚くほど精巧に、そして論理的に作られています。
面白いことに、かつてのメインゲームだったインベーダーのようなものは、現代のゲームでは「ミニゲーム」として扱われることが増えました。しかも、そのミニゲーム単体でさえ、かつての製品版より遥かに完成度が高く、プレイヤーの思考力を刺激するように設計されています。
「ゲームは時間の無駄」という見方は、もはや時代遅れかもしれません。むしろ、現代のゲームは「論理的思考」や「課題解決」を自然に学べる、優れた教材としての側面を持っているのです。
2. 「あつ森」で見せた、生徒さんの素晴らしい挑戦
先日、私の授業である生徒さんが「あつまれ どうぶつの森(あつ森)」をプレイしていました。その生徒さんが挑戦していたのは、島の中に作られた「アイテムを駆使して脱出する迷路」です。
これはいわゆる「パズルゲーム」です。「さあ、今からパズルの問題を解きなさい」と大人が強制しても、自ら進んで取り組む子は少ないでしょう。しかし、ゲームという世界観の中では、子供たちは自ら進んで困難な迷路に飛び込み、試行錯誤を始めます。
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どのアイテムを、どの順番で使うべきか?
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この行き止まりを突破するには、何が足りないのか?
こうした問いを自分自身に投げかけ、自力で正解に辿り着こうとする姿。これこそが、私がプログラミング指導を通じて最も大切にしている「自走する力」そのものです。ゲームの設計が優れているからこそ、子供たちは「勉強している」という意識なく、高度な論理的思考を実践できているのです。
3. 小さな成功体験を「バカにしてはいけない」理由
その生徒さんは、無事に迷路をクリアしました。その時、その生徒さんの顔に浮かんだのは、小さな、けれど確かな「達成感」と「自信」でした。
傍から見れば、それは「ゲームの中の些細な出来事」に過ぎないかもしれません。しかし、私はこの「極小さな成功体験」を、決してバカにしてはいけないと考えています。
なぜなら、人の成長とは、この小さな繰り返しの積み重ねでしかないからです。
難しいプログラミング言語を習得することも、学校の難しい問題を解くことも、元を辿ればこうした「自分で考えて、できた!」という小さな自信の種から始まります。その種に水をやり、育てていくことで、やがて困難な課題にも立ち向かえる「折れない心」と「思考の体力」が養われるのです。
4. 自分で決める「成長の形」
ただし、ここで一つ大切なことがあります。それは、「どのように成長するかは、本人が自分で決めなければならない」ということです。
周りの大人が「これをやりなさい」「こうなりなさい」と型にはめてしまうと、それはもはや「自走」ではありません。ゲームの迷路であっても、プログラミングであっても、本人が「これを解きたい」「もっと良くしたい」と主体的に取り組むからこそ、クリアした時の達成感が血肉となります。
私の役割は、その「きっかけ」となる環境を整え、生徒が自力で壁を乗り越えるのを、適切な距離で見守ることです。
5. 最後に:楽しみながら「地頭」を鍛える
ゲームを通じて得られる達成感は、決して虚構のものではありません。それは「自分の頭を使い、現状を打破した」という、紛れもない知的な成功体験です。
「学校がつまらない」「勉強に身が入らない」 もし、お子さまがそんな状態にあるのなら、まずはこうした「小さな達成感」を味わえる場所を見つけてあげてください。それがゲームであっても、プログラミングであっても、本質的な「考える力」の成長に変わりはありません。
私と一緒に、お子さまの中に眠る「自走する力」を呼び覚ましてみませんか? 些細な達成感の積み重ねが、やがて大きな自信へと変わる瞬間を、私は全力でサポートしていきたいと考えています。